SAP、基幹システムクラウド
伊藤忠商事|海外現地法人・海外事業会社にSAP S/4HANA Cloudを導入
日本を代表する総合商社として、グローバルビジネスを展開する伊藤忠商事株式会社。
1996年に米国現地法人がSAP ERPを採用して以来、24カ国約50拠点にSAP ERPを展開してきた。しかし、長年の利用でユーザビリティが低下してきたことから、SAP S/4HANA Cloudの導入を決定。標準への準拠を方針としたFit to Standard(追加開発を行わず標準機能を最大限利用する導入方式)をコンセプトにデジタル変革基盤の構築を進めている。
▼ 目次
・イノベーション基盤の構築を目指し海外現地法人・海外事業会社のシステムをSAP S/4HANAで刷新
・新規導入へ方針変更
・Fit to Standardを徹底し アドオンを90%削減
・ワンチームでプロジェクトを推進
・国内外のデータ活用に向けCUVICmc2上で稼働するSAP S/4HANAとのAPI連携を検討
1. イノベーション基盤の構築を目指し海外現地法人・海外事業会社のシステムをSAP S/4HANA®で刷新
売り手、買い手、世間の「三方よし」を経営理念に、一世紀半にわたり成長を続けてきた伊藤忠商事。現在は世界63カ国(含日本)に約120の拠点を持つ大手総合商社として、トレードと事業投資を軸としたビジネスを展開している。同社は国内の基幹システムを刷新するためSAP S/4HANAを採用し、2018年5月から本稼働している。
次世代基幹システムプロジェクトのさらなる取組みとして次に着手したのが、海外現地法人・海外事業会社の基幹システムのSAP S/4HANA化だ。過去には1996年に北米現地法人が初めてSAP ERPを採用。「海外基本システム“G-SAP(ジーサップ)”」と称した本システムは、その後2002年からは北米拠点のSAP ERPをベースに欧州、アジアの現地法人や事業会社に横展開し、24カ国約50拠点まで拡大した。本拠地である日本の基幹システムはSAP ERPの会計モジュール(FI/CO)中心だが、海外拠点はFI/COに加えて受発注や売仕入計上の業務に販売・在庫管理モジュール(SD/MM)を活用している。
しかし、稼働から年数が経つうちにG-SAPも徐々に使い勝が低下し、本来のERPのあるべき利用方法との乖離があった。IT企画部全社システム室長の浦上善一郎氏は「25年近く前のシステムが土台となっているため、ユーザビリティが低下し、即時のデータ入力が間に合わず、月末に集中することも増えていたのが実情」と振り返る。
そこで伊藤忠商事はSAP ERPの保守サポート終了も見据え、業務プロセス全体のデジタル化、イノベーション創出のための機能拡張などを目指して、SAP S/4HANAを取り入れた次世代G-SAPの構築に着手した。
伊藤忠商事株式会社
IT企画部
全社システム室長
浦上 善一郎 氏
2. 新規導入へ方針変更
次世代G-SAPへの移行に向けて掲げたキーワードは、さらなる標準化、デジタル化促進、UX(ユーザーエクスペリエンス:ユーザ体験)の向上、データ基盤の統合化、クラウドサービスの利活用の5つだ。その中で海外拠点の基幹システムにはSaaS型のSAP S/4HANA Cloudを採用することにした。その狙いは徹底した標準化だ。SAP S/4HANAの場合、1年に1回のバージョンアップがあるが、アドオンがあるとバージョンアップの適用に改修の工数がかかり、新規リリースされた機能も有効に使えない可能性がある。
「そこで、SaaS型を導入してデジタルトランスフォーメーションの基盤とすることにしました。これまでのSAP ERPも標準化を意識してアドオン開発を抑えており、G-SAPの導入・運用を手かげてきたIT企画部のメンバーが海外拠点の業務を熟知していたこともあり、思い切った決断をすることができました」(浦上氏)
海外拠点への導入パートナーには2002年以降、主幹ベンダーとしてG-SAPの開発・運用を支援してきた伊藤忠テクノソリューションズ株式会社(CTC)を指名し、伊藤忠商事のIT企画部、IT事業会社のCISD(ASIA).,LTD.、CTCの3者体制で進めた。最初の導入拠点は、SAP ERPの利用実績が最も長く、海外拠点のリーダー的存在である北米の現地法人に設定。トランザクション量が他の拠点ほど多くないことも好都合だった。
プロジェクトは2019年9月にキックオフし、約1年半後の2020年11月には本稼働を開始。海外現地法人と事業会社へのSAP S/4HANA Cloudの導入では、国内プロジェクトで採用した既存のSAP ERPをそのままSAP S/4HANAに移行する「コンバージョン方式」ではなく、新たな環境に新規で作り直す「リビルド方式」を採用して全拠点統合を目指している。一般的にリビルド方式は業務改革(BPR)が加速する反面、導入コストと時間がかかるが、同社にとって幸いだったのは既存システムにアドオンが少なかったことだ。
「最初のG-SAPプロジェクトで業務改革が進んでいたこともあり、2回目となる次世代G-SAPプロジェクトでは、業務改革に掛かる工数を極小化することが可能でした。リビルド方式は過去のデータが利用できないデメリットもあるものの、システム外に別途可視化する仕組みを用意することで、対応できると判断しました」(浦上氏)
3. Fit to Standardを徹底し アドオンを90%削減
海外拠点向けの次世代G-SAPにおいては、標準機能をそのまま活用する「Fit to Standard」を徹底。既存システムのオブジェクトを解析し、業務担当のユーザーに確認した結果、アドオンを90%削減し、既存SAP ERPに約3,000本あった標準機能のモディフィケーションをすべて撤廃している。
「IT企画部の持つ24年以上の経験とノウハウを活かし、業務部門の目線で海外拠点のユーザーに標準化の目的を説明できたことが成功につながりました」(浦上氏)
また、既存のプログラム資産を最大限に活用するために、SAP社が先進的なユーザーを支援するIBSO(Innovative Business Solution Organization)チームと連携し、SAP Fiori上のカスタム開発を行った。トレード事業を展開する同社において、一部の業務では販売管理(SD)と在庫管理(MM)による受発注業務を、1つの画面上で同時に入力する必要があるからだ。
「SAP FioriはSAP S/4HANAの中でも新しい機能ですから、SAPの専門チームに開発を任せるのがベストと判断しました。インドに拠点のあるIBSOとのコミュニケーションはすべて英語でしたが、さまざまな技術を駆使してくれて、要件定義から3カ月間で開発を終えることができました」(浦上氏)
もう1つのポイントが、既存環境のデータ移行だ。マスターデータや過去の残高データの一部の移行に際して、同社はBackOffice Associates社の日本法人が提供するSAP S/4HANAへの移行ツール「SAP Advanced Data Migration by Syniti, Cloud Edition」(以下、Syniti)を日本企業として初めて採用した。SynitiはBackOffice AssociatesとSAPが共同開発したクラウド型ソリューションで、標準データテーブルをあらかじめテンプレートとして保持している。これにより、他のETLツールと比べて、データの設定やマッピング作業の工数を軽減できる。また、データ移行に関わるタスクと標準ステップが組み込まれているため、作業負荷が軽減でき、品質も維持することが可能だ。伊藤忠商事では、データ移行が必ず発生する今後の他拠点への展開を見据えて移行データの準備や移行手順の可視化などにSynitiを活用した。
開発効率を高めるさらなる工夫は、オフショアの活用だ。今回はCTCから提案を受けたベトナムのFPT Software Company社を採用した。ベトナムのオフショア拠点では、Fit to Standardに関する基礎調査、詳細設計、単体開発、結合テスト、システムテストなどを実施したという。「ベトナムは日本と時差もなく、日本語を理解するエンジニアも多くアサインいただき、質の高い開発ができました」と浦上氏は振り返る。
4. ワンチームでプロジェクトを推進
このように、国内とは異なるコンセプトで移行を進めてきた海外のプロジェクトだが、順調に進んでいる要因の1つは、伊藤忠商事のIT企画部、CISD、CTCのワンチーム体制で進めたことにある。特に、2002年のG-SAPプロジェクト以来、20年近くにわたって関わってきたCTCの存在と結束力はプロジェクトを推進するうえで大きなエンジンになった。
「伊藤忠商事の海外業務そしてG-SAPを良く知るCTCと、新規に参画したメンバーが効果的に融合したことで円滑に進みました。本プロジェクトにアサインされたCTCのメンバーも、IT企画部のサポート役という意識ではなく、プロジェクトチームの一員として自発的に改善提案をし、海外拠点のユーザーともしっかり会話をしながら開発に当たってくれました」(浦上氏)
プロジェクトが大詰めを迎えた2020年の秋は、新型コロナウイルス感染症の拡大にも直面した。トレーニングや要件定義などはリモートで実施。最終的な本番機の切り替え時期には、感染症対策の2週間の隔離を覚悟の上で、伊藤忠のプロジェクトメンバーはもとより、CTCメンバーも北米現地に直接出向いて対応したという。
図 1. プロジェクトの全体体制
5. 国内外のデータ活用に向けCUVICmc2上で稼働するSAP S/4HANAとのAPI連携を検討
北米拠点へのSAP S/4HANA Cloudの導入を終えた伊藤忠商事は、現在2022年4月中の終了を目指し、北米拠点傘下のグループ12社への横展開に向けて要件定義に着手している。その後の計画は検討の段階だが、2027年のSAP ERP(SAP ERP6.0)の保守サポート終了までには欧州やアジアの拠点もSAP S/4HANA Cloudに移行していく構想だ。
並行して新たな検討課題になっているのが、連結経営を強化するための日本と海外のデータ連携だ。今回の次世代G-SAPプロジェクトでは、SAP S/4HANA Cloudと合わせて、クラウドBIツールのSAP® Analytics Cloudを導入し、デジタルトランスフォーメーションプラットフォームの構築を目指している。国内は、CTCのSAP ERPに最適化したクラウド基盤サービス(IaaS)の「CUVICmc2(キュービックエムシーツー)」上に全社統合データ基盤を構築。将来的には両者をネットワークでつなぎ、国内と海外の分析環境を連携する考えだ。
「国内、海外ともにデータ活用を通して新たなビジネスを創出することが共通のテーマですので、今後はCUVICmc2上で稼働するSAP S/4HANAとのAPI連携も検討していきます」(浦上氏)
海外拠点へのSAP S/4HANA Cloudの導入を機に、マルチクラウド化に舵を切った伊藤忠商事。SaaS、PaaS、IaaSを適材適所で活用しながら、独自のデジタルトランスフォーメーションを加速させていく。