SAP、基幹システムクラウド
SAP S/4HANAへの道筋|成功の鍵を握る計画立案と自動化による効率化
SAP ERPのサポート終了を目前に控え、SAP S/4HANAへの乗り換えを検討する企業が増えている。
しかし、久しぶりとなる基幹システムの大型リプレースであるため、不安を感じている情報システム部門は少なくないだろう。
はたして、この移行を最短で成功させるには、どのようなアプローチを行えばいいのだろうか。
そこで伊藤忠テクノソリューションズでエンタープライズクラウド事業に携わる岩本 貴之が、SAP S/4HANAへの移行に関して豊富な経験を持つTIS株式会社(以下TIS)の匠たちに、SAP S/4HANAへの移行をどう進めていくべきかについて尋ねてみた。
- TIS
- エンタープライズビジネスユニット
- エンタープライズ営業企画ユニット エンタープライズビジネス営業第1部
- 主査 大田 晃孝 氏
- 10年以上にわたってSAP関連ビジネスに関わっている匠
- 最初はSAP ERPのコンサルタントとしてプロジェクトに参画し、その後に営業部門へと異動
- 現在は、新規顧客の開拓を主なミッションとし、チームリーディング、アカウント対応、マーケティング活動などに従事
- 主査 大田 晃孝 氏
- ERPコンサルティングユニット ERPコンサルティング第2部
- エキスパート 小泉 浩 氏
- 大田氏と同様に、10年にわたってSAP関連プロジェクトに関わってきた匠
- これまでプロジェクトマネージャーとして、SAP ERPのバージョンアップやTISテンプレートをベースにした導入、海外へのロールアウトなどを担当してきた
- 現在はコンバージョンの提案を行う一方で、その実施にプロジェクトマネージャーとしても関わる
- エキスパート 小泉 浩 氏
- エンタープライズ営業企画ユニット エンタープライズビジネス営業第1部
- エンタープライズビジネスユニット
- ERPコンサルティングユニット ERPコンサルティング第3部
- エキスパート 一谷 有祐 氏
- SAP関連ビジネスに関わっている期間は2年と短いながらも、それ以前は製造業向けシステムのインフラ領域でマネージャーを務めた、基幹システムインフラの匠
- 現在は複数のSAP ERP開発案件を横断する形で、BASISと基盤領域の提案や案件推進を担当
- エキスパート 一谷 有祐 氏
▼ 目次
・SAP S/4HANAへ移行する際に直面する課題
・移行手法の選択肢と要員確保のアプローチ
・TISが提供する「SAP S/4HANAのりかえサービス」
・必要要員を抑制するための自動化・効率化も強力に支援
・「SAP S/4HANAのりかえサービス」の活用事例
1. SAP S/4HANAへ移行する際に直面する課題
SAP ERPのサポート終了を目前に控え、SAP S/4HANAへの移行を検討する企業が増えている。
そこで、SAP S/4HANAへの移行を進めるにあたり、必ず直面する課題について、匠に伺った。
Q1-1. のりかえを行う際、どのような課題に直面するケースが多いのでしょうか?
大田 :SAP S/4HANAへの移行で直面する課題は多岐にわたりますが、お客様が認識されている課題は大きく3つあります。順を追って、解説します。
- 経営層が納得するSAP S/4HANAへの移行理由
- 移行方式
- 移行プロジェクトのための体制づくり
まず1つ目は、そもそもなぜSAP S/4HANAに移行すべきなのか、その理由付けが難しいという課題です。
これまでSAP ERPを使っていて特に問題が発生していない企業にとっては、単にSAP S/4HANAへ置き換えるだけで得られる価値は大きくはありません。そのため、経営層を説得できないことに頭を抱えるお客様は多いです。
TIS 大田 晃孝 氏
Q1-2. 移行を進めている企業は、どのような理由付けをしているのでしょうか?
大田 :お客様と実際にディスカッションさせて頂くと、少なからず事業環境は変化しており、それに伴い業務も変化してきているのですが、問題が発生しないようにシステム外で何とか工夫をして対応しているという状況が見えてきます。
一方、SAP S/4HANAもリリース当初からすると機能も拡充され、SAP ERPでは実現できなかった業務領域への適用も可能になってきています。
また、AIやロボティクスの進化により、業務のオートメーション化が進んでおり、SAP S/4HANAの高速処理の必然性はより高まるでしょう。
業務や事業などの適用範囲をあらためて見直すことに価値を見出している企業は多いと感じています。
Q1-3. その他の課題については?
大田 :2つ目の課題は、移行方式をどうするかです。SAP S/4HANAへ移行する理由(=目的)を実現する上で必要な各種要件(業務要件、スケジュール、リスク、コストなど)を総合的に判断し、方式を決定する必要があります。
しかしこれは、目的が明確になっていれば判断に必要な軸は定まってきますし、一つずつ情報を整理し優先順位づけをすれば決定することができると考えています。
3つ目の課題はかなり深刻です。それは移行プロジェクトのための体制づくりです。
Q1-4. スキルのある人材の確保が難しいと?
大田 :ほとんどの企業では、SAP S/4HANAに詳しい有識者が社内にいません。そのため外部ベンダーに依頼するケースが多いのですが、ご存じの通りSAP ERP市場全体を見渡しても人材は不足しています。
業務改革やDX推進を視野に入れて、一からSAP S/4HANAでリビルド(再構築)する場合は、当然ながらプロジェクトに関わる人員が増えますので、要員の確保は難しくなります。
一方、コンバージョン(移行)という手法でSAP S/4HANA化する場合も、新規の導入とは異なる専門性の高いスキルを要するため、同じく要員の確保は難しいのです。
2. 移行手法の選択肢と要員確保のアプローチ
次にSAP S/4HANAへの移行手法と、移行に必要なスキルを有する要員を、どのようにして確保するべきかについて匠に伺ってみた。
Q2-1. リビルド、コンバージョンのどちらが多くなるとお考えですか?
大田 :最近のジャパンSAPユーザーグループ(JSUG)のレポートや独自の調査では、SAP S/4HANA化の手法としてリビルド(再構築)よりもコンバージョン(移行)を選択されるお客様の割合が多いという傾向が見受けられました。
一方で、移行方式については検討中というお客様も少なくありません。
Q2-2. 専門性の高い人員を要するコンバージョン、要員確保の課題にどうアプローチすれば良いですか?
大田 :大きく2つのアプローチが考えられます。
- 早い段階で計画を立て、余裕を持ったスケジュールで進める
- 適切なアセスメントを実施することで、プロジェクトの規模や必要な要員、リスクなどを事前に洗い出すことができるため、後続の計画が立てやすくなる
- プロジェクトの規模を抑えるための自動化・効率化を図る
- 工数を減らすことで、必要な人員数を抑制できる
3. TISが提供する「SAP S/4HANAのりかえサービス」
SAP S/4HANAへののりかえを支援する匠たちの取り組み内容について伺ってみた。
Q3-1. これら2つのアプローチを実現するために、TISではどのような支援を行っていますか?
小泉 :TISでは「SAP S/4HANAのりかえサービス」を提供しています。これは、下記の3ステップでSAP S/4HANAへの乗り換えを支援するサービスです。
- Check!!
- テクニカルコンバージョン可否判定を行う
- Asssess!!
- テクニカルコンバージョンに必要な作業と費用の見積もりを行う
- Go!!
- テクニカルコンバージョンを実施する
TIS 小泉 浩 氏
Q3-2. このサービスにはどのような特徴がありますか?
小泉 :アセスメントはSAP S/4HANA化プロジェクトの規模の見極めやリスクを事前に把握する上でとても重要なフェーズとなります。ここで注目していただきたいのは、TISのアセスメントサービスの下記の3つの特徴です。
- セキュア
- TISには独自に開発したアセスメント手法と調査モジュールがあり、お客様サイト内でアセスメントを行えるため、データやプログラムといった機密性の高い経営情報・情報資産を、社外に持ち出す必要がない
- 精度の高さ
- ソースコード行単位で修正箇所を特定でき、修正方法も提案でき、これによってコンバージョンに必要な工数や期間、要員、費用を精緻に可視化できる
- アセスメントフェーズで実際にお客様環境にてSAP S/4HANAへのコンバージョンまで完了させコンバージョン時のリスクを事前に把握し、ダウンタイムを計測する
- 効率の良さ
- TIS独自開発のアセスメントツールは、過去のコンバージョン案件で新たに検知した修正箇所を反映させているため、一般的なツールよりも格段に広いスコープを自動解析できる。
- アセスメントツールはUnicode(ユニコード)化に必要な改修箇所も分析できるのが特徴となる
Q3-3. アセスメントサービスのライト版とエンタープライズ版の違いは何ですか?
小泉 :ライト版はコンバージョンの可否と概算費用に加えてラフでも良いので全体のプロジェクト計画を短期間で知りたい、というお客様向けのサービスです。これに対してエンタープライズ版ではPoCまで実施して、詳細なコスト計画の策定と影響箇所の可視化に加え、コンバージョン実行時のダウンタイムの計測を行います。
SAP S/4HANAへのコンバージョンでは、実際にやってみないと出てこないエラーが少なくありません。
どのようなエラーが出るのかも、お客様によって異なります。
事前にSAP S/4HANAコンバージョンをPoC環境で実施することは、プロジェクト全体のコストを正確に見通す意味でも重要なポイントと考えます。
繰り返しになりますが、アセスメントフェーズで早目に計画を作り、後続フェーズでは計画に従い粛々と作業をしていくことがプロジェクト成功要因の一つとなります。
図 1. SAP S/4HANAアセスメントサービスのメニュー
Q3-4. 「Go!!」の部分での特徴はどのようなものがありますか?
小泉 :「Go!!」の部分には、要員を抑制するための自動化・効率化するオプションサービスを用意しています。ソースコードの自動修正ツールもサービスとして準備しており要員の抑制・効率化を支援致します。
4. 必要要員を抑制するための自動化・効率化も強力に支援
SAP S/4HANAへの移行プロジェクトに必要な要員を抑制するために、匠たちが取り組んでいる支援内容について伺ってみた。
Q4-1. 必要な要員の抑制のために提供しているサービスとは?
一谷 :SAP ERP 6.0をNon-Unicodeで利用中の企業が、SAP S/4HANAへのコンバージョンの際に必要となる「ABAPプログラムのUnicode自動変換サービス」を提供しています。当社ではCOBOLからJavaへの独自リライトツール(「Xenlon~神龍 Migrator C2J」)を提供しておりそのノウハウを活用したサービスになります。
TIS 一谷 有祐 氏
Q4-2. なぜ、このサービスを提供することになったのでしょうか?
一谷 :SAP S/4HANAへの移行ではユニコード化が必須なのですが、SAP ERPのユーザー企業の中にはユニコード化されていないケースが多いからです。おそらく日本国内では、3分の2はユニコード化されていないのではないでしょうか。このユニコード化の工数や期間・費用が、SAP S/4HANAへのコンバージョンの足かせになっているという声をよく聞きます。
Q4-3. これによってどの程度の工数削減が見込めるのでしょうか?
一谷 :一般的なSAP ERPのユーザー企業では500~1,000、多い場合には2,000以上のアドオンプログラムを使用しています。これらを手作業で変換し、さらに単体テスト、結合テストまで行うには、膨大な工数を要します。本サービスを利用していただくことでアドオンプログラムの改修・単体テストの対応工数を95%(当社比)削減することが可能になります。
図 2.「SAP® ABAP® Unicode 自動変換サービス」の効果
5. 「SAP S/4HANAのりかえサービス」の活用事例
さいごに、TISが提供するSAP S/4HANAのりかえサービスの活用事例について伺ってみた。
Q5-1. 「SAP S/4HANAのりかえサービス」の活用事例をご紹介ください
小泉 :それでは旭日産業様のケーススタディをご紹介したいと思います。旭日産業様はDXを支える新たな経営基盤を構築するための第一歩として、2016年にSAP S/4HANAへの移行検討を開始し、2019年8月にはテクニカルコンバージョンを完了しています。
早い時期から検討が始まった背景には、以下の要因があります。
- 既存のSAP ERPを運用しているサーバーの保守期限が2019年に迫っていた
- BCP対応が求められていた
- 「2027年問題」への対応を円滑に行いたかった
SAP ERPの保守サポート終了を迎えるこの時期には、SAPコンサルタントが不足するだろうと予想されていました。
Q5-2. コンバージョンはどのように進められましたか?
小泉 :2018年3月に、SAP S/4HANAへの移行に向けたシステムの事前調査とアセスメントが開始されました。その後、8月にベンダー選定を行い、最終的にTISがビジネスパートナーに選ばれました。
9月にスタートしたプロジェクトでは、先程紹介させていただいた「SAP S/4HANAのりかえサービス」を活用し、移行後の環境変化を可視化していきました。この移行ではユーザーの負担を極力抑えたいというご要望がありましたが、事前に変化ポイントを明確化することで、業務へのインパクトを細部まで理解した上で移行に備えることができました。
Q5-3. コンバージョンの結果、どのようなメリットが得られていますか?
小泉 :以前は2~3秒かかっていた照会系のレスポンスが瞬時に返ってくるようになった、請求書発行のための締め作業が格段に速くなった、といった声が、現場から上がっていると伺っています。
一見するとわずか数秒の差ですが、これが確実な効率アップにつながっているようです。
また、経営的な視点から、リアルタイムの経営情報を当たり前にように活用できる環境を実現していきたい、というお話も聞いています。
Q5-4. コンバージョン成功の鍵は何なのでしょうか?
小泉 :旭日産業様が今回のSAP S/4HANAへの移行を、単なるシステム更新やクラウド化ではなく、今後の成長を支える経営基盤の確立に向けた第一歩と捉えていたからだと思います。またプロジェクトの当初に精緻なアセスメントを行っていることや、システムの変化がもたらす業務の変化を事前に把握しておいたことも、重要なポイントだと考えています。
Q5-5. このようなケーススタディはコンバージョンを行う企業の参考になりますね
小泉 :TISはこの他にも、すでに複数のお客様でSAP S/4HANAへの移行のお手伝いをしています。移行をどう進めたらいいのか悩んでいるのであれば、ぜひ一度ご相談いただきたいと思います。
インタビュー後記
TISの匠へのインタビューを通して、SAP S/4HANAへの移行には大きく3つのハードルがあり、それをどのように乗り越えるべきかが理解できました。
- 移行の理由付け
- 単なるアップデートではなく、事業環境の変化への対応など、より広い視野で移行のメリットを考える必要がある
- その一方でSAP S/4HANAは、SAP ERPでは実現できなかった業務領域への適用も可能であるため、AIやロボティクスなどによる業務自動化も視野に入れた価値の評価も行うべき
- 移行方式をどうするか
- 移行目的を実現する上で必要となる各種要件を、総合的に判断して決める必要がある
- ただし明確が明確になっていれば、判断に必要な軸は自ずから定まってくるはず
- プロジェクト要員の確保
- 早い段階で計画を立て、余裕を持ったスケジュールで進めるべし
- 適切なアセスメントを実施し、プロジェクトの規模や必要な要因、リスクなどを事前に洗い出すことで、計画を立案しやすくなる
- プロジェクトの規模を抑えるため、自動化・効率化を行うことも重要。これによって工数を減らすことで、必要な人員数を抑制できる